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究極思考 ~ 人間と世の中の本質 ~ 半世紀を生き抜いて気づいたこと

   

半世紀・・・・

「人生 わずか 50年」(by 織田信長)

を過ぎて、今も元気に生きている。

生かされている、と言った方が、正解だろうか。

半世紀以上、人間と 世の中を 観察し続けて、

人間、組織、世の中の本質が かなり理解できた。

普遍な部分も、少なからず、ある。

それに気付いた ごく少数の人間の1人として、私は 発信していくことにした。

私の人生の最大の役割、ミッションは そこにある

と 判断した。

時は 2018年。

とかく 人間は、目の前で展開されている 出来事に 気を取られ、
自分にふりかかる痛みで、ようやく本質の一端にたどり着く可能性があるが、
その時はまずもって、「遅過ぎる」のだ。

たどり着く「可能性」であって、たどり着けることも、おそらく少ないだろう。
机上の空論、頭の中での論理だけなら、本を読む、話を聴くだけでもできるが。

人間は、実践、自分の身にふりかかるまで、本質の理解は無い、というのが、
私の体感的経験則だ。

バブルは、過ぎて破裂してから
「あれがバブルだったんだ」となる。

病気、怪我、介護は、自分の身にふりかかるまで、わからないのが人間だ。
介護する、される、という 実体験以外、理解されることはない。

一見、人類史上、初のことのように思えるだけで、
実は、人間が動物である、という、当たり前な事実を考えれば、
こんな事実も、仕方ないこと、と
私には理解できる。

どんなに世の中が発達しても、
人間が赤ん坊で生まれ、動物同様、飲み食いしながら育ち、寿命が来たら死ぬ。
これは普遍だ。

そして、人間以外の動物をみれば、介護自体が、ない。
動物は、介護どころか、病気、怪我で弱ったら、肉食動物の餌食になる。
より強い、より貪欲な動物に、食われて一生を終える。

だから、病気 即 死だ。

生きているのか? 死んでいるのか?

人間以外の動物では、そんな生き方自体が、存在しないのだ。

★ 歴史は 螺旋階段

人類という生き物は 発展しても、見える景色は、少し遠くまでになったにすぎない。

歴史をみれば、未来がわかる!

なぜなら、「歴史は繰り返す」からだ。

よくいわれる、螺旋階段。
階段を上っても、見える景色は あまり変わらなく見える。

人類の歴史も、似たようなものだ。

 

現代日本は、ハイテク江戸時代

AI だ、IT だ、とハイテク技術だが、

人間の本質は、おそろしいくらい、変わらない。

お上とシモベ、会社と社員・・・・

江戸時代の封建制度 は

滅私奉公と引き換えに ご主人のご恩で生きる

という人生だった。

現代日本の 組織・集団(会社、政府、国家等)と個人の関係

数学に例えれば、

相似形どころか、合同じゃないか?!

とすら、感じるこのごろだ。

 

結局は
人間は、最終的には、
目で見て、誰もが 理解するものでしか、判断できない生き物だ。
痛みが自分にふりかかって、ようやく気付く動物だ。

理解に至るのは、ほんの一部だ。

だから、今の世の中、文明が 存続する間の 終着駅は決まっている!

歴史は繰り返す。甘くみてはいけない。
人間は、驚くほど、変わらない。

 

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 - 学会非公認 独自本質論 ©田中靖和