霧積温泉
2019/10/15
昔、きりずみ館があった場所。今は 平らな土地と、写真の水車が残るのみ
長いコードの公衆電話。山奥で、携帯電話の電波が届きにくいので 今も有線なのです。
かつての建物は 跡形もなくなっていました
手前の ボルボが、唯一のお客さん?
鍵付ゲートの 林道入り口。 奥にあるのは、金湯館のみ、なので 金湯館の人は、出入りできるようになってます。
霧積ダムから 金湯館への 山道で ニホンザルが出てきました。
国道には、このような看板が出てます。
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霧積温泉について
軽井沢が 避暑地になる前に、碓氷峠の東側に栄えた、群馬県の山奥の温泉。
最盛期には、42 軒のホテルがあったが、1910年(明治43年)
台風による山津波で 一夜にして40軒が流され、温泉街壊滅
現存する 金湯館が、このときに 生き残った旅館、とのことです。
金湯館のホームページ
温泉街が栄えたのも、20年強だったようですが、
明治憲法の起草や、各界著名人の訪問など、歴史の記録に残る温泉だったのです。
その後は 軽井沢が避暑地、別荘地として栄え、すっかり客足がそちらに移ってしまいました。映画「人間の証明」からも すでに 数十年の年月が経過。知る人ぞ知る、関東に残る秘境という今の姿のまま、というわけです。